Story
つくる力で、日常を前に進める。
20年の経験が導く、毎日履かれる靴
靴型装具・営業管理担当 Fさん
木型に革を沿わせながらFさんは言います。
「靴は“道具”であり“装具”。だからこそ、毎日履きたくなる一足にしたいんです」
業界歴20年。静かな口調の奥に、使う人の暮らしを少しでも前に進めたいという確かな情熱が感じられます。
医療と靴、その間にある場所で
この仕事を選んだきっかけは、家族と趣味のちょうど真ん中にありました。看護師でもあったお母さまが、義肢装具士の仕事を勧めてくれたことでした。
高校ではバスケットボールに熱中し、バッシュ好きとして知られるほどの靴好き。「医療に関わること」と「靴が好き」という2つの軸が、やがて一本の道に重なっていきました。
文化服装学園を卒業後、神戸医療福祉専門学校三田校の整形靴科へ進学。「靴を一から作る」という職能に出会い、手を動かして人を支える喜びを知ります。
学生時代には大井製作所のデザインコンペに参加。卒業後、その縁をたどるように入社しました。
「店舗を運営している義肢装具会社は全国でも珍しかった。靴を“作ること”と“届けること”を両方経験できると思いました」自分の好きなことが、人の役に立つ仕事へつながる。その実感が、Fさんの出発点になりました。
“つくる・売る・回す”をつなぐ仕事
入社当初は靴部門がわずか数人で、材料の発注から修理対応、営業同行まで何でもこなす毎日でした。「少ない人数だからこそ、全部の工程を見ておくことが大切だったと思います」
20年が経った今では、靴型装具の製作に加え、営業管理も担う立場に。営業からの相談を受け、製作工程を設計し、社内のルールを整えるなど、Fさんの業務範囲も幅広くなりました。
もちろん、いまも手を動かすことは欠かしません。「自分の感覚で確かめておかないと、現場の温度がわからなくなる。靴を作る手が、自分の基準になっています」経験を積むほどに、机上の管理では見えない“温度”を大切にしているのです。
医療装具としての靴には、形や構造に厳密なルールがあります。それでもFさんは、「デザインも機能の一部」と言い切ります。
「保険で作る靴は“機能があればいい”と思われがちですが、デザインがよくないと結局使ってもらえない。毎日履くものだから、見た目も気持ちも大事なんです」
色や素材を患者さんが選べるようにしたり、一般の靴に近いデザインを意識したりすることで、「治療用の靴」ではなく「自分の靴」として履いてもらいたいという思いを形にしています。
靴を通して「もう一度外に出たい」という願いを形にすることが、Fさんの原動力です。
言葉と仕組みで、現場をよくする
技術だけでなく、情報の流れをどう整えるかも品質を左右します。営業管理を担っているFさんは営業が製造に指示を出すための「処方箋」という仕組みを整え、仮合わせ後の修正点を細かく記録。不明点はすぐに共有し、内容を日々見直しています。「共通言語が整理されると、仕事も整う。ミスも減って、納品も早くなるんです」
また、若い世代の意見を積極的に取り入れるのも特徴です。
業務連絡には新しい社内ツールを導入し、会議もオンライン化して時間を短縮しました。「SNSや携帯の使い方は若い人の方がよく知っている。だから、ルールを決めるときも彼らの感覚を主語にしています」
新しいツールを受け入れ、仕組みを見直すことで、世代を超えた協力関係が自然に生まれています。
月に一度の全員出勤日には、営業向けの社内勉強会を開催。症例や素材の話、靴の調整方法などを共有し、互いの理解を深めています。「営業も製造も、“なぜその作りにしたのか”を共有することが大切。」トラブルが起きれば、その場で上司やリーダーが集まり、すぐに改善します。「トライアンドエラーを繰り返して、少しずつ良くしていく。組織も靴づくりも同じです」一人の知恵ではなく、チームの経験を重ねて進化していく文化が、会社の強さを支えています。
保険外・一般向けへ。
使われ続ける“いい靴”を
靴型装具の製作は、図面どおりに仕上げれば終わりではありません。たった1ミリの差が、翌日の痛みや歩きやすさを左右することもあります。モデル修正での面のつながり、成形時の温度、端の処理。その一つひとつの積み重ねが、“快適な一足”を生み出していきます。
「早く作ることが目的ではありません。丁寧に、同じ品質を再現できるようにしたい」 そう語るFさんの手には、長年の経験からくる確かな精度と誠実さが宿っています。
近年、保険制度や販売ルールは変化を続けています。Fさんは、そうした時代の流れを見据えながら語ります。「これからは保険だけに頼らず、一般の方にも“履きたいと思える靴”を届けたい。会社全体の課題でもありますが、自分が中心になって新しい仕組みをつくっていけたらと思っています」
医療現場で培った技術を、より多くの人へ。現場の声を拾いながら、次の時代にふさわしい“ものづくりの形”を模索しています。
「義肢装具は、人の生活を支える仕事です。 自分の手で作るだけでなく、“いいものを作ってもらうための段取り”にも喜びがあります。ものづくりが好きで、人の役に立ちたいと思える人なら、きっと続けられます」
そう語るFさんは、仕上げの段差を静かに整えました。